安易に音楽理論に逃げるのは良くない

作編曲の心得

曲を作っていると音楽理論なども必要に応じて学んでいきます。

そういうことが少しずつ分かってくると、理屈で何でも解決できるように思ってしまいます。


アイドルの曲などが凄く単純で価値ないものに思えたり、昔の歌謡曲がダサく聞こえたりすることがあります。


曲が理屈のみで全て構築できるものだと考えてしまいがちです。


しかし、こういった状況に陥ったときこそ、謙虚になって偏見なしにいろいろな楽曲を聴きながら分析すべきです。


安易に理論に拠り所を求めて逃げてはいけません。


その理由を書いていきます。

メロディが作れなくなる

音楽理論に逃げてしまうと高確率で、メロディーが死んでしまいます。

理屈で全てを考えると和声感が機械的に複雑になることになります。そこに自然なメロディは乗せにくいということです。

音楽はやはりメロディが一番大事な要素だと私は思っています。メロディがついつい口ずさんでしまうものであれば、とてもいいものである証明だと思います。

メロディは心の中から出てくるものなので、歌えないような和声感から無理やり出してきたメロディがいいはずがありません。

頭になぜか残る。

すごく洗練されたメロディには感じないが中毒性は感じる。

そういったものは知識を得てできるようになることではないのです。

人の心に訴えかけるメロディを作り出すのが難しいのは、作編曲する人ならどんな人も感じていることだと思います。

そういうことができない自分から逃げてしまうのはよくないです。
できなければ、どうしたらよいかを考え続けることが重要なのです。ここに明確な答えはありません。

自分で試行錯誤して探し出すしかないのです。

他人を否定して自分の成長も止める

同じリズムを繰り返すテクノのような楽曲や、難解なことが繰り返される現代クラシック音楽のようなものに、本当に挑戦しようとしてぶつかっていくのはいいことです。

しかし、ほとんどの場合は逃避であり、逃避からそういったものを真似するのはよくないです。
そういう作品を作り上げて、聴かせた相手が、「よく分からない」と感想をいったら、小難しい理論や、その界隈では有名な作曲家の名前を上げるなどして、「分からないヤツがダメだ。」と自分に言い聞かせて、溜飲を下げる。

ということを繰り返していると、人から理解させるような作品は永久にできなくなります。

自分の成長も決めつけた段階で止まってしまうと認識すべきです。

難解なことは難しい

しっかりしたメロディーが無いように聞こえる音楽や、リズム、和声感が難解な音楽は、実際にはメロディーがしっかりある楽曲に比べて、作るのは非常に難しいことに気付くべきです。

特にリズムが主体の楽曲は、構成面で感覚的なこと(どのぐらいの長さで続けて、どこに仕掛けを作るかなど)を組み込んでいかないと退屈な曲になってしまうので、とてもセンスが問われます。

また難解なコード進行にメロディを乗せるときは、和声の動きを消化した上で歌わないといけないので、とても難しいことですし、こちらもセンスがかなり問われます。

まとめ

自分が作るものが昭和の歌謡曲調になっても子どもの童謡風になっても、悲嘆することはありません。


むしろ喜ぶべきです。「自分はしっかりメロディを作ることができているんだ」と思いましょう。


リズムもキレッキレの16ビートがいいとは限りません。

作編曲をしていると、自分の中にあるダサいと思っている部分がたくさん出てきます。

そこにJAZZやクラシックなどの小難しくてカッコいい理論を知ると、ダサい部分を覆い隠すためにそちらに逃げたくなってしまうのはよくあることです。

そういった気持ちとは常にしっかり向き合って、自分なりの逃げずに答えを探してほしいです。

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